イメージは重要だ 元ボクサーレナードは語る
(IMAGE IMPORTANT FOR FORMER BOXER LEONARD)

プロボクサーとしての、35試合中、敗戦は1回という経歴にとどまらず、元ボクサー「シュガー」レイ・レナードはボクシングへの貢献をもっと大きなスケールで考えている。「ボクサーは、今や『エンターテイナー』すなわち集客力があるものであるというイメージを創り出したことが自分の一番の貢献である」29才のウェルター級、ジュニアミドル級の元チャンピオンはこう語る。「ボクシングが営利化されすぎず、興味深いものである限り、イメージ作りはマネージャーによるところが大きいと思う」サウス・レイクタホ・レクリエーションセンタ–で、レナードは自身の名声に満足げに、記者からの質問にサインをしながら答えた。

カジノ「ハラース」の赤いTシャツ、野球帽を身に着けたレナードは観衆の要望に応えて今夜、ハンガリーのアマチュアチームとハラースで戦う予定のアメリカのアマチュアチームを相手にシャドーボクシングを見せた。

アメリカチームの広報担当、レスリー・キングがリングの外から見守る中、レナードはアメリカチームの選手たちにジャブとフットワークのテクニックを指導した。選手たちについてキングは「彼らは全く興奮している。まるであこがれの的にあったように」また「シュガー・レイのような人物が見ていると選手たちの意識しチームが良いムードになる」「チームの士気を高めるのに非常に役立っている」と話した。

レナード自身がアマチュア選手としてモントリオール・オリンピックの国際舞台で成功を収めたのは、わずか9年前のことである。そして、彼はトップへの道を登り続けることを忘れなかった。「こうして若い選手の練習を見ていると、昔のことが思い出される。僕自身もちょうど同じようにボクサーとしての道をスタートしてきたのだ」彼は語る。「彼らにとって、より多くの国際試合に参加することは非常によいことだ。」リング上の若者たちを見ながら彼は続ける。「それによって、必要な経験を積み、わが国のチームにとって一番の敵であるロシア、ドイツ、ポーランド、またキューバなどの国々の選手とどう戦っていくべきかが分かってくる」「オリンピックのユニフォームを着ると、国の代表として、チームの一員としてのプライドがわき、報酬が払われなくてもまるでスターになったような気がするものだ」。

1977年、オリンピックスターの名を過去のものとし、レナードはプロへの道を歩み出した。そして1979年、ウィルフレッド・ベンティスを打ち負かし、WBCウェルター級のタイトルを手に入れた。ロベルト・デュランに破れ、彼のキャリアで唯一の敗戦をきたしたものの、5ヶ月後、そのデュランからタイトルを取り戻した。レナードはそれ以後も戦い続け、トーマス・「ヒットマン」・ヒアーンズやブルース・フィンチらとの対戦を踏み、1982年の33勝1敗の成績で引退した。昨年の目の手術の後の、ケビン・ハワード相手のチャンピオン、レナードのカムバックは大きく取り上げられた。しかし、レナードは試合には勝ったものの、挑戦者によって一度はダウンさせられた。その勝利のすぐ後、レナードは永久に引退することを表明した。

その後、目の具合はどうなのか。「手術後は何の問題もない。」彼は答えた。「視力は左右とも2.0だ。毎日のように同じ質問を受けている。僕の目はフランク・シナトラ以外では最も有名なんじゃないか」。

安全面の理由から、ボクシングは禁止されるべきであるとの意見が医学関係者から出ているが、レナードはそれに反対してこう語る。「いくらアメリカ医学協会が様々な批判をしてボクシングを管理、禁止しようと批判的なニュースを流しても、ボクシングはなんとか、安定した状態にあると思う」「このような批判が出るのは、ボクシングには他のスポーツのような代表的なスポンサーがいないからだと思う。野球やフットボールのような擁護者がいない。ボクシングはその既成のイメージのために、非常に多くの否定的な批判を受けていると言える」。

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