ジャパン・タイムズ・ウィークリーの記事 — 1992年4月18日


漫画と人種差別と手塚 (MANGA, RACISM & TEZUKA)[抄訳]
(英文原文:ブライアン・コバート/日本語訳:松中みどり)

アメリカにはウオルト・ディズニーがいて、日本には手塚治虫がいる。漫画の神様として愛された人物だ。手塚は日本の漫画界に革命を巻き起こし、現在の漫画ブームを到来させた。

「漫画は世界共通の言葉だと手塚はいっておりました。世界平和を実現させる手段だと」手塚プロの松谷社長は言う。

多くの日本人がそうであるように、松谷氏も手塚漫画で育ち、この漫画家を高く評価している。

しかし、それとは全く反対の評価をしている人たちも多い。漫画の神様どころか、手塚は人種差別主義者だという人もいる。

「手塚のコミックは全然コミカルではありません」「こんなひどい人種差別主義的無神経が、日本人の典型的なものでないことを祈ります」「アメリカ人やアフリカ系アメリカ人への否定的で有害な見方がいっぱいです」「これを読んだ日本人が無意識のうちにこれが真実だと思ってしまわないかと心配しているのです」アメリカの黒人心理学者や人種差別・女性問題などに取り組んでいるグループなどから抗議の手紙が届いている。

講談社は「手塚の基本的な漫画に対する考え方は博愛主義でした」と話す。

手塚の傑作である『ジャングル大帝』『鉄腕アトム』『新宝島』『火の鳥』の中でも黒人は、野蛮な人食い人種だったり、白人の召使いだったりする。

抗議をする人々は更に、手塚漫画の中の黒人は、厚い唇、焦点の定まらない目、動物じみた顔など他の人種に比べて、非人間的な描かれ方をしていると話している。

手塚漫画の中で特に抗議の対象になっているのは『地球を飲む』(1968年)の中で白人の人工の皮を買いに駆けつける黒人のシーン、『やけっぱちのマリア』(1970年)に出てくる4つの乳房をもった太い黒人女性が6人の赤ん坊をつれて出てくるシーンなどである。

手塚を支持する人々は、こうしたことは表現上の誇張でしかないと釈明している。「手塚は自分の鼻を描く時も、本物より何倍も大きく描いたものですよ」と松谷氏は言う。「ほんの何シーンかだけを見て手塚の作品を人種差別的だと判断してもらいたくないですね」

大阪で1988年に結成された、黒人に対する人種差別を止める会(ASRAB)の副会長有田氏は「手塚の漫画の質が高いものであることは、私たちも認めています。だからこそ、その漫画の中にこうした人種差別的なものがあることにショックを受けたのです。私たちは手塚の漫画のなかに人種差別的なシーンがあることを知ってもらいたいだけなのです」と話している。1990年9月、ASRABのメンバーは日本の出版社や手塚プロに抗議の手紙を送り始めたが、積極的な対応は得られなかった。無関心な出版社に業を煮やし、グループは以前から知り合いであったアメリカ合衆国の様々な団体に呼びかけ、大きな反響を得た。その中にはワシントンDC政治経済研究所、黒人商業会議所、ハーバード大学スタッフと学生グループなどがある。ASRABの運動は黒人社会の広い賛同を得たのだ。

アメリカ合衆国からの抗議の手紙が手塚プロに届き始め、ことは既に国内問題だけではなくなってきた。松谷氏らは真剣に受け止めてはいたが、抗議は主に全体を見ないでワンシーンだけを取り上げるせいだと考えていた。英語と日本語の差も、ことを複雑にしているのだと。「いくつかのシーンだけを取り上げて、手塚の作品を判断するのは不公平だと思います。抗議する人々は手塚の作品を最初から最後まで読んで判断してもらいたいのです」

手塚の擁護者は、漫画家の仕事上の「表現の自由」を制限するようなことにならないかと心配している。日本漫画家協会の役員、田村氏は「外部の圧力は表現の自由を制限する事はできません。表現の自由は芸術家個人によってしか制限できないのです」と言う。松谷氏も賛同して「漫画家がこんなことを描くと問題になるのではないか、誰かを怒らせるのではないかと心配しすぎるのはどうかと思います」と語っている。

手塚はUCLAの女子学生から『フェニックス2772』のなかに描かれている女性が抑圧的であると指摘を受けた経験がある。手塚は後にこの経験によって、女性を描く時に神経質にならざるを得なかったと言っている。手塚はまた、黒人グループからも同じような反応を得ている。1960年代半ば、アメリカの黒人公民権運動のグループから、漫画の中の黒人キャラクターをもっと現実的なものにしてほしいと要望を受けた。

東京に住むアフリカ系アメリカ人で作家のジョン・ラッセル氏は「手塚は死ぬまで黒人のステレオタイプを描き続けたのだ。手塚はそれが人を傷つけるものであることを知っていたのに描き続けたのだ。知らなかったと釈明することはできない」と語っている。

こうした多くの議論があるにも関わらず、手塚伝説はより大きくなっている。手塚の聖地である宝塚市では1994年完成予定の手塚治虫記念館を10億円の予算で建設しようとしている。

『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』はいまだに日本の子ども達の間で人気がある。

手塚の漫画に関して出版社は以下のような断り書きを入れて販売を続行する予定である。「読者の皆様へ:手塚の作品には外観を誇張した黒人やアジア人を含む外国人のイラストが数多くあります。絵に描かれているものと実際の人々は大きく異なっており、黒人や外国人に対する差別表現だと指摘されてきました。手塚には差別の意図はありませんでしたが、そのような表現を不快に思う人がいる限り、不適切なものであったと考えます」

大阪のASRABや他のグループはこれでは不十分であり、どの絵が人種差別的でどの絵がそうではないのか、はっきり示さなければかえって読者を混乱させることになる、と語っている。

大切なのは時代遅れの黒人のイメージを排除し、それを描いた作品で儲けることを止めなければならないということだ。

手塚の人気と同様、抗議の声も衰える気配を見せない。大阪のASRABはシカゴにも支部ができ、他のアメリカの草の根グループも、日本市場における黒人ステレオタイプ商品が払拭されるまで抗議を続けると話している。

講談社の西尾氏は「部分的に欠点があるからといって、手塚の作品全部を破棄する理由にはならない。例えば有名な島崎藤村の『破壊』も被差別地域の住民に対する否定的な表現を多く含んでいるが、今も売られているではないか。説明書をつけて手塚の作品をそのまま出版するのが、最善の方法だと信じている」と語っている。松谷氏もこの意見に賛成で「将来はそんな断り書きさえいらなくなるでしょう。歴史が変わるように人の意見も変わるのです。神ではないのですから、私たちは常に正しいとは限りません」と話した。

漫画の神様、手塚治虫は1974年、赤旗新聞に次のような予言的な考えを掲載している。

「どんな漫画でも自由に好きなように描きたいと思います。しかし出版業界においては漫画家の自由意志よりも販売業績を上げることに重点がおかれます。ですから妥協が必要になります。読者や批評家からの圧力もあります。教育的な価値がないとか、安易だとかマンネリだとか言われるのです。私が心配しているのは漫画が他のマスメディア文化のように、堕落してしまうのではないかと言うことなのです。」

( © 松中みどり 1992)