特集 アフガン戦争
① 犠牲者たち
「対テロ戦争」として開始されたアフガニスタンへの攻撃。被害の詳しい検証も行われないままに、ついに開戦10年目へと突入する。この戦争で何が起きているのか。
文 / ブライアン・コバート Text by Brian Covert
明らかになるアフガン戦争の実態
アメリカのベテランジャーナリスト、故I・F・ストーンはこう言った。「政府というものは、どれも嘘つきだ。政府の言うことを鵜呑みにしてはいけない」これが最もあてはまるのが戦争、とりわけ21世紀におけるアメリカのアフガン戦争とイラク戦争だ。
しかし、すべての政府が嘘をつくならば、その嘘すべてに対し同じ大きさで嘘を暴こうとする力が働くものである。世界のどこかでそれを担うのは市民やジャーナリスト、そして権力内部にいる人々である。多大なリスクをおかして真実を知らしめようとする人々のおかげで、今日、アフガン戦争とイラク戦争に関する、政府と軍幹部による故意の偽情報発信、マスコミ操作、そして、事実の隠蔽などがよりはっきりと見えてきた。
ここでは、アフガン戦争に関する市民やジャーナリストによる検証をみていく。
米政府の嘘とこの目で見た被害
2001年10月7日、米軍はアフガン攻撃を始めたが、それと同時に、世界各国の市民は真実を知ろうと行動を起こした。
ニューヨーク市のリタ・ラサル(70歳)もそのひとりだ。ラサルの弟は9月11日にあのツインタワーにいた。身体に障がいのある同僚を助けようと後に残り、ビルの崩壊で死亡した。アメリカの大手ニュースメディア、そしてジョージ・ブッシュ大統領までもが、弟のことを国民の英雄だと賞賛した。しかし、ラサルはアメリカが新たに他国の人々を殺すための理由として弟の死が利用されることに納得できなかった。02年1月、ラサルは同じく9・11事件で肉親を失った3人のアメリカ人と、アフガニスタンへ旅立った。アフガニスタンの人々と直接会って、戦争の真実を知りたいと思ったのだ。
米政府は、爆撃によりアフガン国民が殺されていることを公式発表で否定していたが、ラサルたちは米軍の爆撃によって住宅街が破壊され、多くの市民が死傷し、難民になっているのを目撃した。子どもは親をなくし、精神的なショックを受けていた。
そんな子どものひとりが、カブール近郊に住む6歳の男の子、ファルディンだ。米軍の空爆のショックがあまりに大きく、歩くことも話すこともできず、乳児のような精神状態になってしまい、ほとんど赤ん坊同様のケアを必要としていた。「この子が6歳だなんて」ラサルは涙をこぼしてファルディンの家族に言った。「どうしてこんなことになってしまったのだろう?」。
その答を求めようとしたラサルたち4人のアメリカ人は、帰国後、公式発表の嘘に隠された真実を明るみに出した。デモや集会に出かけて話をし、現地で会った被害者やその目で見た破壊の様子を、写真とビデオで紹介し続けた。ラサルらの活動を、アメリカ国内の主流メディアが取り上げることはなかったが、常に批判的視点から戦争報道を行っている「デモクラシー・ナウ!」は真実を求めた4人の活動を報道した。「デモクラシー・ナウ!」は企業からの財政支援に頼らず、編集の独立性を維持する北米最大の公共メディア・ネットワークである。
「デモクラシー・ナウ!」は、01年12月から02年1月にかけて、アフガニスタン生まれの23歳のアメリカ人、マスーダ・サルタンが、ニューヨークから彼女の生まれ故郷のカンダハルに近い村を訪れて目にしたことを電話でインタビューして生放送した。彼女は19人の彼女の親類が米軍の空爆により殺されたことを話した。この当時、米政府はタリバンとアルカイダの基地の「精密な爆撃」をしているため民間人の被害が出ていないと公表していた。
ウィキリークス 「アフガン戦争日記」
結婚式に出席していたアフガン人男性11人と女性4人、乳児が殺され、1人の妊婦を含む女性数名が負傷した。米軍の検問所で停止しなかったため、老人、子どもを含む数名が死傷した。そばにいた人々も無差別の銃撃を受けた。
これは、アメリカとその連合軍により無実のアフガニスタンの民間人が受けた被害のごく一部の例である。これらは、他の数千の戦争被害と同様、隠蔽され、ほとんど報道されなかった。しかし、10年7月に変化があった。非営利の内部告発サイト、ウィキリークスは、入手したアフガン戦争に関する合計約9万点にのぼる米軍の秘密文書を、アメリカ、ヨーロッパの主なニュースメディアに提供した。これらは米軍内のニュースソースから得た情報であった。これはアメリカ史上最大の軍部資料の意図的な漏洩だと考えられた。
ウィキリークスによる公開資料「アフガン戦争日記」の中には、すでに報道された事件も含まれるが、詳細が明らかにされていなかったり、報道されていなかった事件が報告されている。そこには何百人ものアフガン人の死亡事件がある。また、米軍と同盟軍内の「味方による誤射」の数々や、アメリカが主導する秘密暗殺チームがアフガン国内に存在することも発表された。また、アルカイダがアメリカと連合国の攻撃に対抗して、「自爆テロ」を着々と成功させていることも明らかとなった。さらに、米軍がアフガン国内のメディアに金を払ってアメリカに有利な情報を報道させている証拠など、マスコミ操作の実情も暴露された。
米軍の書類は一般の人間には理解できないような暗号化された略語などを使用して書かれている。たとえば、「GSW」(gunshot wound 銃撃による負傷)、「WIA」(wounded in action 戦闘中の負傷)、「KIA」(killed in action 戦闘中の死亡) 、「CIVCAS」(civilian casualties 民間人の負傷者)などである。
ウィキリークスのジュリアン・アサンジ編集長は、資料公開時に「これでこの戦争犯罪が明らかになる」と語った。
ウィキリークスが明るみに出した膨大な事件の中からいくつかを挙げる。
・ひとつは「373部隊」と呼ばれる米軍の秘密暗殺部隊の存在。07年6月に7人の子どもを含む複数のアフガン人が誤って殺害された事件があったが、この件は「373部隊」によるものであった。秘密部隊の指令は極秘裏にタリバンのリーダーを捕らえるか暗殺するというものであったが、民間人を誤って殺害したのである。
・また、08年12月、アフガニスタンの主要高速道路で停止しなかったバスに向けて米軍兵士が機関銃で銃撃し、4人の乗客が死亡、11人が負傷した。
・09年にヘルマンド県で、レーザー誘導爆弾の誤爆によって8人のアフガン民間人が殺され、偶然、軍用車に近づいた非武装のバイクや車の運転者が射殺される事件など、06年から09年にかけて起きた、イギリス軍による女性、子どもを含むアフガニスタン民間人の死傷事件も20件以上、初めて明るみに出た。
いまや「オバマのベトナム」と呼ばれるアフガン戦争は、アメリカ史上最も長期に及ぶ戦争となった。同国には現在も13万人以上の米軍と同盟軍兵士が駐留する。オバマ大統領はノーベル平和賞を受賞しながらも、アフガン戦争を「必要な戦争」と称している。
9・11事件で失われた一般市民の数は広く知られているが、アフガニスタンでの民間人死亡者数が体系的に数えられ始めたのは、ようやく07年、戦争が始まってから6年後のことだという。国連やアフガン独立人権委員会その他による極めて大雑把な見積りによれば、アフガン戦争で死亡した民間人の数は1万5000人から3万5000人にのぼるとされている。
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ブライアン・コバート
ジャーナリスト。1959年アメリカ、カリフォルニア州生まれ。UPI通信社、毎日新聞などで記者として勤務した後フリーランス。DAYS JAPANの英文編集協力。同志社大学社会学部メディア学科講師。兵庫県在住。