アフリカはジャズマン渡辺貞夫の音楽の特別な位置を占める
(Africa Holds a Special Place in Jazzman Sadao Watanabe’s Music)


ブライアン・コバート
記者


大阪 —— 日本のジャズサックス奏者、渡辺貞夫はビーバップ、サンバ、フィージョンのいずれもこなす熟練の音楽家である。

しかし、プロになってから30年が経ち、47枚のアルバムを出した今も、変わらずに彼の音楽の中に特別な位置を占めているのがアフリカン・ミュージックである。

「音楽的に最もインスピレーションを与えてくれるのは、アフリカン・ミュージックのリズムだと思う」と渡辺はこのジャパンタイムズのインタビューで語った。

「しかし、アフリカの人々からも影響を受けている」と彼は言う。「アフリカの生活の厳しさが音楽を力強いものにしていると思う。」

渡辺は10回ほどアフリカに行ったが、最後に行ってからもう3年が経つと言う。

「ケニアに沢山友人がいる。だからたいていはケニアやタンザニアに行く。」アフリカの中で「私の好きな国」だから、と彼は話す。

渡辺は、彼が今暮らしている東京よりもアフリカのこういった国にいる方がくつろげるのだ、と言う。

「東京では、様々な人がいるから自分もその都度、別の顔を持たなくてはいけないだろう。でも、アフリカにいると、そんな必要がない。だから落ち着けるんだ。」

「彼らは私によくしてくれる。アフリカは美しい国で、アフリカの人たちはとても人間味があり、率直で裏表がないんだ。」と彼は付け加えた。

そういった渡辺のアフリカに対する思いは彼の仕事に反映されている。1973年にインター・アフリカン・シアター・グループと共に『ケニヤ・ヤ・アフリカ』というタイトルのライブアルバムを録音し、その1年後には、さらに『ムバリ・アフリカ』という、さらにアフリカ的なライブアルバムを出している。

それ以来、彼の作品には、昨年にスタジオ録音をした最新作の『バーズ・オブ・バッセージ』を含めて、アフリカに対する愛着が表れている。

『バーズ』ツアーが昨年の12月に終わってからブラジルや米国でのスタジオでの仕事で忙しかったと渡辺は言う。

先日、渡辺は、20代~30代の熟練した[アメリカの]ジャズ・ミュージシャン3人組「ブレス・オブ・ニューヨーク」を伴い、1988年日本コンサートツアーを大阪から開始した。

栃木県、宇都宮出身の渡辺は日本の2大都市の聴衆についてアメリカの聴衆に例えて話した。

「東京はニューヨークに似ていて人々は主にミュージシャンをチェックしにやってくる。大阪はロス・アンジェルスに似ていて、彼らは音楽を楽しむために来るんだ」と、彼は言う。

若いミュージシャンたちは新しいエレクトロニクス技術の変化に追いつくために、これまでよりずっと頑張らなければならない。サックス奏者のチャーリー・「バード」・パーカーやジョン・コルトレーンが渡辺のアコースティックなスタイルに影響を与えた時代とはかけ離れている、と55歳になる彼は言う。

「私がジャズをやり始めた頃、『バード』やコルトレーンといったジャズ界を引っ張るベテランたちがいて、皆が彼らを信奉し、模範としていた。」

「しかし、最近では、若い素晴らしいミュージシャンたちが機械的なことで学ばなければならないことが多すぎて、本当に変わってきた。例えばマーカス・ミラーだ。彼は良いベーシストで良いプロデューサーだ。しかし、もし演奏だけさせたら、彼はもっと素晴らしいベーシストになるだろう」と渡辺は言う。

渡辺は、ジャズ・ロック・フュージョンを演奏する若いミュージシャンたちとレコーディングをしたり、ツアーを回ったりすると、心地よい距離感で新しい電子音楽を試みることが出来ると話す。

「私は自分自身ではやったことはない。ただ若いミュージシャンにやってもらっている。自分自身はアコースティックの音が好きだから、アコースティックサックスだけを演奏している。」と彼は言う。

彼の独特なサウンドは年内中にリリース予定のブラジル人ボーカリストでギターリストのトッキーニョとのコラボアルバムでも聞けるだろう。

渡辺は、長期的な計画について、最近の『バーズ・オブ・バッセージ』ツアーの中で次のように語っていた。ベテランジャズマンのその表現はおそらく最高と言えるだろう。

「これまで何度、荷物を詰めて、ツアーに出てきたことか。サクソフォンのケースを数個とカメラ機材を入れたバックを持って。こうやって私の音楽は創られているし、これからもこうして私の音楽の旅が続いていくんだ。」